2005年05月25日
不動産コンサルタント始末記 8
第8話 方針決定
「先生、これって、どうします?」
港南台のオフィスに戻り、廣瀬が倉橋に言った。
「不法占有にしますか、賃料滞納にしますか。」
「不法占有だと、仮処分が必要だよね。」
本件のように、誰と契約したか分からないような場合、訴訟を起した時点で占有を移転、つまり他の誰かと入れ替わってしまう可能性がある。その為に「占有移転禁止の仮処分」というのをかける必要がある。
ただ、今回の場合、親子で居住していることから、占有移転の可能性は少なく、倉橋は、先ほどの前田京子の話を基に、賃料滞納による建物明渡訴訟に踏み切ったほうがよいと考えていた。
「さっきの彼女、家賃の8万円は認めていたから、多分、争いにはならないと思うなぁ。」
本件については最初から契約書がないから、民法の賃貸借になる。
よく契約書がないから契約が成立していないなどと勘違いする人が多いが、建物賃貸借の場合、貸主と借主の間で異議がなく、その建物の引渡しと賃料の支払いがあれ、建物賃貸借契約は成立する。ただし特約の定めがないから、契約違反を限定し難く、その賃料はその月の月末持参払いが原則となる。
本件のように契約書が存在しなくとも、特約の定めがなく契約違反を指摘し難いだけで、本件のように賃料が明確に滞納しているようであれば、明らかに貸主と借主の間で信頼関係は破壊されているから、契約解除は認められ、滞納賃料の支払いと本件建物明渡しの「債務名義」は取れる。
ちなみに「債務名義」とは「執行名義」ともいい、強制執行ができうる公の文書のことを指すのであるが、通常、賃料の滞納者や契約違反者に対して法的措置を取るようなときは、この債務名義をいかに効率よく取得するかを考え、行動しなくてはならない。
本件では未払い賃料を取り立てるより、この18ヶ月も賃料を支払わずに居住している親子を立ち退かせることの方が重要である。
本件建物賃貸借契約には、連帯保証人など付保していないのであるから、このまま居住されれば被害額は更に膨らむことは確実である。
「じゃぁ、内容証明は入れずに、いきなり訴訟のほうがいいですよね。」
もともと廣瀬も倉橋同様に考えており、早速、訴訟準備に入ることにした。
通常の賃料滞納者であれば、まず配達証明付内容証明郵便で、滞納賃料の支払い督促付の契約解除通知を出し、その後、建物明渡訴訟を提起するのが普通であるが、本件のような18ヶ月もの賃料滞納者においては、訴状到達をもって契約解除通知とすることも可能なのである。
本件建物は、横浜市の戸塚区にあり、被告住所地も同様である為、裁判所は横浜地方裁判所が管轄である。
本件の原告である吉田は、本件訴訟において弁護士を依頼しない限り、その都度、島から出てこなければならない。
「この件は、吉田さんが選択して頂かなければなりません。」
倉橋は、吉田に電話をかけて弁護士を介在させるかどうかを確認した。
「当然、費用に大きな違いが出ます。」
通常、訴訟等を行い、本人が立ち会えない場合、代理人は弁護士以外を選任することはできない。法人の場合は、簡易裁判所であれば社員が代理人認定を取得し、代表者の代わりに裁判所に出頭することはできるが、地方裁判所以上の裁判所では、それができない。
本件の場合、吉田本人が裁判所呼び出しの都度、ほぼ1日かけて島から出てくるか、当職事務所指定の弁護士を依頼するか、その選択が迫られることになる。
「内容は、わかりました。」
吉田は、最初、弱々しい口調で倉橋に答えた。
「先生、弁護士に依頼しないとなると何回くらい裁判所に行くようですか?」
「そうだなぁ、裁判所に2回、差押に1回、強制執行に1回、順調に行けば4回くらいかなぁ。」
当然、相手方が争ってくれば、この回数は計り知れない。
「でも吉田さん、自分でやったことの後始末だから、最後まで自分でやってみたら。」
「実は先日、先生とご相談したときから、覚悟は決めていました。」
父親の退職金で自らの借金を清算した吉田は、なるべく自らの努力で早期解決を図りたいと考えていた。
自分の借金のお陰で退職せざるを得なくなった父親、何の咎めもしない両親に対し、自らの生活を維持する為に弁護士任せにはできないと吉田は考えた。
「何の役にも立たないと思いますが、裁判の都度、そちらに伺うくらいは大丈夫です。もともと死のうと思っていたくらいですから、役場をクビになってもどうということはありません。」
吉田の言葉に、倉橋はちょっと動揺したが「でも先生。心配しないで下さい。公務員なんていうのは、余程のことがなければ解雇になりませんから。」
かくして、倉橋と吉田、そして廣瀬の共同作戦が開始された。
・・・続きは、また、お届け致します!
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「先生、これって、どうします?」
港南台のオフィスに戻り、廣瀬が倉橋に言った。
「不法占有にしますか、賃料滞納にしますか。」
「不法占有だと、仮処分が必要だよね。」
本件のように、誰と契約したか分からないような場合、訴訟を起した時点で占有を移転、つまり他の誰かと入れ替わってしまう可能性がある。その為に「占有移転禁止の仮処分」というのをかける必要がある。
ただ、今回の場合、親子で居住していることから、占有移転の可能性は少なく、倉橋は、先ほどの前田京子の話を基に、賃料滞納による建物明渡訴訟に踏み切ったほうがよいと考えていた。
「さっきの彼女、家賃の8万円は認めていたから、多分、争いにはならないと思うなぁ。」
本件については最初から契約書がないから、民法の賃貸借になる。
よく契約書がないから契約が成立していないなどと勘違いする人が多いが、建物賃貸借の場合、貸主と借主の間で異議がなく、その建物の引渡しと賃料の支払いがあれ、建物賃貸借契約は成立する。ただし特約の定めがないから、契約違反を限定し難く、その賃料はその月の月末持参払いが原則となる。
本件のように契約書が存在しなくとも、特約の定めがなく契約違反を指摘し難いだけで、本件のように賃料が明確に滞納しているようであれば、明らかに貸主と借主の間で信頼関係は破壊されているから、契約解除は認められ、滞納賃料の支払いと本件建物明渡しの「債務名義」は取れる。
ちなみに「債務名義」とは「執行名義」ともいい、強制執行ができうる公の文書のことを指すのであるが、通常、賃料の滞納者や契約違反者に対して法的措置を取るようなときは、この債務名義をいかに効率よく取得するかを考え、行動しなくてはならない。
本件では未払い賃料を取り立てるより、この18ヶ月も賃料を支払わずに居住している親子を立ち退かせることの方が重要である。
本件建物賃貸借契約には、連帯保証人など付保していないのであるから、このまま居住されれば被害額は更に膨らむことは確実である。
「じゃぁ、内容証明は入れずに、いきなり訴訟のほうがいいですよね。」
もともと廣瀬も倉橋同様に考えており、早速、訴訟準備に入ることにした。
通常の賃料滞納者であれば、まず配達証明付内容証明郵便で、滞納賃料の支払い督促付の契約解除通知を出し、その後、建物明渡訴訟を提起するのが普通であるが、本件のような18ヶ月もの賃料滞納者においては、訴状到達をもって契約解除通知とすることも可能なのである。
本件建物は、横浜市の戸塚区にあり、被告住所地も同様である為、裁判所は横浜地方裁判所が管轄である。
本件の原告である吉田は、本件訴訟において弁護士を依頼しない限り、その都度、島から出てこなければならない。
「この件は、吉田さんが選択して頂かなければなりません。」
倉橋は、吉田に電話をかけて弁護士を介在させるかどうかを確認した。
「当然、費用に大きな違いが出ます。」
通常、訴訟等を行い、本人が立ち会えない場合、代理人は弁護士以外を選任することはできない。法人の場合は、簡易裁判所であれば社員が代理人認定を取得し、代表者の代わりに裁判所に出頭することはできるが、地方裁判所以上の裁判所では、それができない。
本件の場合、吉田本人が裁判所呼び出しの都度、ほぼ1日かけて島から出てくるか、当職事務所指定の弁護士を依頼するか、その選択が迫られることになる。
「内容は、わかりました。」
吉田は、最初、弱々しい口調で倉橋に答えた。
「先生、弁護士に依頼しないとなると何回くらい裁判所に行くようですか?」
「そうだなぁ、裁判所に2回、差押に1回、強制執行に1回、順調に行けば4回くらいかなぁ。」
当然、相手方が争ってくれば、この回数は計り知れない。
「でも吉田さん、自分でやったことの後始末だから、最後まで自分でやってみたら。」
「実は先日、先生とご相談したときから、覚悟は決めていました。」
父親の退職金で自らの借金を清算した吉田は、なるべく自らの努力で早期解決を図りたいと考えていた。
自分の借金のお陰で退職せざるを得なくなった父親、何の咎めもしない両親に対し、自らの生活を維持する為に弁護士任せにはできないと吉田は考えた。
「何の役にも立たないと思いますが、裁判の都度、そちらに伺うくらいは大丈夫です。もともと死のうと思っていたくらいですから、役場をクビになってもどうということはありません。」
吉田の言葉に、倉橋はちょっと動揺したが「でも先生。心配しないで下さい。公務員なんていうのは、余程のことがなければ解雇になりませんから。」
かくして、倉橋と吉田、そして廣瀬の共同作戦が開始された。
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