2005年05月29日
不動産コンサルタント始末記 11
第11話 結審
「前田さん、廣瀬です。」インターホンを押しながら、廣瀬が言った。
「いらっしゃいますか。」
「はぁい。」
入居者の前田は、別に何もなかった様子でマンションの扉を開けた。
「こんにちは。」
「前田さん、こちら所有者の吉田さんです。」
廣瀬が前田に吉田を紹介した。
「はじめまして、吉田といいます。」
吉田は、丁寧な挨拶をした。
「あらぁ、お若い方ですのね。」
前田は、これから仕事に出かける所だったらしく、化粧が整い、胸の谷間が大きくはだけた服装をしていた。
「大家さんっていうと、もっと年老いた方かと思ってました。」
「今日、裁判だったのはご存知ですか。」倉橋は、前田に切り出した。
「裁判所には、いらっしゃいませんでしたよね。」
「はい、行っても仕方がないと思いましたし...。」
少し俯いた様子で前田が言った。
「娘の学校にも呼び出されましたので。」
マンションの扉の向こうには、髪の毛をまっ茶色に染めた高校生の娘がこちらを窺っていた。
「本日、裁判のほうは結審しました。」
倉橋は前田に対し、裁判の結果を報告した。
「つまり、来週早々、前田さんはここを出なさい、というような判決が言い渡されます。」
「やっぱり、そうでしょうね。家賃も払っていないんですから。」前田も、結果については承知していた様子だった。
「でも、家賃を払ったら住めるんでしょ。」
「残念ですが、こちらとしては、前田さんに明渡してもらうことを望んでいます。」
倉橋は丁寧に言った。
「前田さんも、過去に遡ってたまった賃料を支払うことは無理でしょう。」
「そこは何とかしますから、せめて娘が高校を卒業するまでは、ここに住ませて貰えませんか。」
前田は振り返って部屋の中にいる娘のほうをチラッと見て言った。
「もう、高校3年生なんです。」
「お気持ちはわかりますが、残念です。」倉橋は、きっぱりと言った。
「こちらとしても、前田さんに恨みはありませんが、方針は決めています。強制執行までは時間があります。お早めに転居先を決めて、お出になってください。」
淡々と話す倉橋に、取り付く島がないと判断したのか、前田は、廣瀬にお願いした。
「高校3年生といえば、大切な時期なんです。うちの子は進学はしないと思いますが、ようやく立ち直ってきた所なんです。」
「いやぁ、私に言われましても。」前田に迫られた廣瀬は、返す言葉に詰まったが
「うちの先生が方針を決めてますので、私が変える訳にはいきません。」と、倉橋の決定であることを告げ、見放すように言った。
話のやり取りの中で、どうも前田の娘は不良であり、ようやく最近になって改善されてきたというような印象をもった。
「もう分かったから帰れよぅ。」部屋の中から、娘が出てきて言った。
「お母さん、この人たちが駄目だって言ってるんだから、いくら言ったって駄目なのよ。」
髪の毛はまっ茶に染め、薄化粧をした娘は、大人ぶってはいるものの、まだあどけない顔立ちをし、前田に似て美人だった。
「こんな廊下でみっともないから、もう、帰ってください。私たち、この家から出て行きますから。」
「お嬢さんね。この吉田さん、ここの大家さんなんだけどさ。この人もね、前田さんから家賃もらってなくて困ってるんだ。」
倉橋は、前田の娘に少しでも理解を得られるように話をした。
「もちろん、前田さんだけが悪いわけじゃなくてさ、権藤っていたろ。吉田さんも、お母さんも、この権藤に騙されちゃったわけ。」
睨みつける前田の娘に、賃料を支払わない理由を権藤のせいにして、家庭内がギクシャクしないよう配慮する為に付け加えた。
「そうはいっても、今日の裁判で確定したからね。やっぱり、ここは出てもらわなくちゃならないのね。あとで、よくお母さんと相談して、いい引越先探してね。」
「わかりました。」
娘は前田の腕を引っ張り部屋に引き入れると、バタンと扉を閉めた。
「なんだか、可哀想じゃないですか。」
無言のまま双方の会話を聞いていた吉田が、倉橋に言った。
「せめて高校を卒業するまで、待ってあげたらどうですか。」
「あのね、吉田さん。ここからは私情は禁物ですよ。」
法的手続きで私情は禁物である。動産の差し押さえから明渡しの強制執行に至るまで、このような場面は多くある。
例えば、債務者が泣いて縋ってきて期日を延期した所で、結果、解決に至ることはない。法的手続きは判決を取ってから強制執行に至るまで、相応な時間が掛かるようにできている。その間に積極的に双方解決に向かって努力し、それでも相手方が応じないときは、強制執行はやむを得ないのである。
ここは、プロとして引いてはいけない部分である。
「変に同情すると、吉田さん、傷口は深くなりますよ。」
「それに吉田さん。」廣瀬が付け加えるように言った。
「あの娘さんが高校卒業するまで、資金的に耐えられるんですか。」
吉田は、この廣瀬の言葉に、背中に冷たいものが流れるのを感じた。
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「前田さん、廣瀬です。」インターホンを押しながら、廣瀬が言った。
「いらっしゃいますか。」
「はぁい。」
入居者の前田は、別に何もなかった様子でマンションの扉を開けた。
「こんにちは。」
「前田さん、こちら所有者の吉田さんです。」
廣瀬が前田に吉田を紹介した。
「はじめまして、吉田といいます。」
吉田は、丁寧な挨拶をした。
「あらぁ、お若い方ですのね。」
前田は、これから仕事に出かける所だったらしく、化粧が整い、胸の谷間が大きくはだけた服装をしていた。
「大家さんっていうと、もっと年老いた方かと思ってました。」
「今日、裁判だったのはご存知ですか。」倉橋は、前田に切り出した。
「裁判所には、いらっしゃいませんでしたよね。」
「はい、行っても仕方がないと思いましたし...。」
少し俯いた様子で前田が言った。
「娘の学校にも呼び出されましたので。」
マンションの扉の向こうには、髪の毛をまっ茶色に染めた高校生の娘がこちらを窺っていた。
「本日、裁判のほうは結審しました。」
倉橋は前田に対し、裁判の結果を報告した。
「つまり、来週早々、前田さんはここを出なさい、というような判決が言い渡されます。」
「やっぱり、そうでしょうね。家賃も払っていないんですから。」前田も、結果については承知していた様子だった。
「でも、家賃を払ったら住めるんでしょ。」
「残念ですが、こちらとしては、前田さんに明渡してもらうことを望んでいます。」
倉橋は丁寧に言った。
「前田さんも、過去に遡ってたまった賃料を支払うことは無理でしょう。」
「そこは何とかしますから、せめて娘が高校を卒業するまでは、ここに住ませて貰えませんか。」
前田は振り返って部屋の中にいる娘のほうをチラッと見て言った。
「もう、高校3年生なんです。」
「お気持ちはわかりますが、残念です。」倉橋は、きっぱりと言った。
「こちらとしても、前田さんに恨みはありませんが、方針は決めています。強制執行までは時間があります。お早めに転居先を決めて、お出になってください。」
淡々と話す倉橋に、取り付く島がないと判断したのか、前田は、廣瀬にお願いした。
「高校3年生といえば、大切な時期なんです。うちの子は進学はしないと思いますが、ようやく立ち直ってきた所なんです。」
「いやぁ、私に言われましても。」前田に迫られた廣瀬は、返す言葉に詰まったが
「うちの先生が方針を決めてますので、私が変える訳にはいきません。」と、倉橋の決定であることを告げ、見放すように言った。
話のやり取りの中で、どうも前田の娘は不良であり、ようやく最近になって改善されてきたというような印象をもった。
「もう分かったから帰れよぅ。」部屋の中から、娘が出てきて言った。
「お母さん、この人たちが駄目だって言ってるんだから、いくら言ったって駄目なのよ。」
髪の毛はまっ茶に染め、薄化粧をした娘は、大人ぶってはいるものの、まだあどけない顔立ちをし、前田に似て美人だった。
「こんな廊下でみっともないから、もう、帰ってください。私たち、この家から出て行きますから。」
「お嬢さんね。この吉田さん、ここの大家さんなんだけどさ。この人もね、前田さんから家賃もらってなくて困ってるんだ。」
倉橋は、前田の娘に少しでも理解を得られるように話をした。
「もちろん、前田さんだけが悪いわけじゃなくてさ、権藤っていたろ。吉田さんも、お母さんも、この権藤に騙されちゃったわけ。」
睨みつける前田の娘に、賃料を支払わない理由を権藤のせいにして、家庭内がギクシャクしないよう配慮する為に付け加えた。
「そうはいっても、今日の裁判で確定したからね。やっぱり、ここは出てもらわなくちゃならないのね。あとで、よくお母さんと相談して、いい引越先探してね。」
「わかりました。」
娘は前田の腕を引っ張り部屋に引き入れると、バタンと扉を閉めた。
「なんだか、可哀想じゃないですか。」
無言のまま双方の会話を聞いていた吉田が、倉橋に言った。
「せめて高校を卒業するまで、待ってあげたらどうですか。」
「あのね、吉田さん。ここからは私情は禁物ですよ。」
法的手続きで私情は禁物である。動産の差し押さえから明渡しの強制執行に至るまで、このような場面は多くある。
例えば、債務者が泣いて縋ってきて期日を延期した所で、結果、解決に至ることはない。法的手続きは判決を取ってから強制執行に至るまで、相応な時間が掛かるようにできている。その間に積極的に双方解決に向かって努力し、それでも相手方が応じないときは、強制執行はやむを得ないのである。
ここは、プロとして引いてはいけない部分である。
「変に同情すると、吉田さん、傷口は深くなりますよ。」
「それに吉田さん。」廣瀬が付け加えるように言った。
「あの娘さんが高校卒業するまで、資金的に耐えられるんですか。」
吉田は、この廣瀬の言葉に、背中に冷たいものが流れるのを感じた。
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